ジビエと切り離せない狩猟文化のこと

狩猟する男

ジビエは野生の動物の肉ですので、それを食べるためには、ジビエを捕獲するハンターの存在も大きいと言えます。そのため、ジビエと狩猟文化は切り離せない関係なのです。

そんな狩猟文化のことについて、私たちはあまり知らない部分もあります。今回はジビエに関連する狩猟文化について紹介していきます。

今の日本でハンターになるための方法

必要な免許を取得する

ジビエを狩猟するハンター。それは、日本でも猟師という名前で存在しています。では、このハンター、日本ではどうやってなれば良いのでしょうか。そのために基本として必要なのが、必要な免許の取得です。

ハンターになるためには、まず狩猟免許を取得しなければなりません。これは、狩りをしても良いという免許です。そして次に、狩猟をするために用いる猟銃の使用許可を得る必要があります。

この二つを所持しておくことが、ハンターになるための必須条件です。

なお、狩猟免許や猟銃許可を得るためには、筆記や実技試験にクリアしなければなりません。ハンターになるにも、まずは読み書きそろばんが重要になります。

地域にある猟友会などに加入する

上記の二つの免許を得て、狩猟に関する損害賠償3000万円以上の保険に加入すれば、一応はハンターとして活動することができます。しかし、狩猟をする土地などは個人や団体が管轄していることがあるため、個人ではなかなか狩猟の場を確保することができないなどの問題があります。

その点で、地元を管轄している猟友会などに加入することが、ハンターになるためのもう一つの要素として挙げられます。

猟友会に加入をすれば、加入と同時に保険にも入ってくれることがありますし、先輩のハンターから様々なレクチャーを受けられるなど、様々なメリットもあります。

日本の狩猟の現状

猟師の年齢が高齢化している

これは日本全体に言えることではありますが、猟師においてもその年齢が高齢化してきています。この高齢化が、後継者不足などの問題になっているのが現状です。

現在の日本における、第1種猟銃免許を保持している人の数は、平成27年の時点で約5万2000人しかいません。これは、昭和50年代に50万人も居たのと比較すると、1/10にまでなっていることがわかります。

このように、高齢化と後継者不足、そして実質的に猟師数が不足していることから、日本の狩猟文化は衰退の危機であると見ることができるでしょう。

一部地域では野生動物による被害が深刻な状態

上記のような、高齢化や後継者不足によって、害獣が多く居る地域であったとしても十分な猟ができないという現状にあります。そのため、一部地域では野生動物による農作物や人への危害など、その被害が深刻な状態です。

野生動物からの被害を減らすためには、猟師による計画的な狩猟が必要不可欠です。しかし、それが行えない状況が、より多くの野生動物の被害を産む結果となっています。

以上の点から、日本の狩猟はニーズがあるにも関わらず、マンパワー不足であり今後の狩猟文化の維持自体も危機であるというのが現状でしょう。

狩猟文化を守るために行うべきこと

後継者育成に力を入れる必要がある

狩猟文化は高齢化と後継者不足によって、衰退化しているのが現状です。この現状を打開し、狩猟文化を守っていくために行うべきことの一つとして、後継者育成に力を入れる必要があります。

現在の後継者不足や、若者が猟師にならないという状況を解決するために、酪農に関する学校などを中心として猟師になるための専門教育を行う機関が増えてきています。専門教育によって、狩猟技術の継承を体系的に行うことが可能です。

この他、啓発活動を行うなど、より多くの若者がハンターの後継者になってくれることが喫緊の課題だと言えるでしょう。

狩猟文化の産業化も課題

狩りをした動物の肉は、製品化されなければ廃棄処分されてしまいます。狩りをされた野生動物の肉は、ジビエとして商品になりますので、産業価値が高いです。しかし、それが十分に産業化されておらず、ジビエの肉が無駄に処分されているのが現状なのです。

狩猟文化を守るためには、狩りをした肉を商品として売るなどの産業化も課題です。産業化をすれば、経済的な循環を生み出し、結果として狩猟文化を守ることになります。

一部の地域では、ジビエを活用した産業に積極的に取り組んでいるところもあります。この産業化が全国的に普及することが、狩猟文化にとって重要になってくるでしょう。

その他、ジビエの知識についての記事はこちら → まずはジビエを知ろう!ジビエとは

まとめ

ジビエとは切り離せない狩猟文化は、今回ご紹介したように日本においては衰退の危機となっています。

しかし、狩猟文化は無くしてはいけない大切な文化ですので、その文化を維持するためにどうすれば良いのか、私たちも改めて考えていく必要があると思います。